世のオリンピック視聴に対して、私はそれほど狂気的ではないから、昨日の夜は代わりに「男はつらいよ」(1984)を見ていた。その中で、うろ覚えだけれど、一シーンを紹介する。


柴又の家での話である。寅さんが、店の団子屋の売り上げらしきものを、あさっていた。そのときの状況は、飲み屋で知り合いになった課長さんが失踪して、その奥さんが困っていたのだ。「何しているのだ?」という問いに、「困っている人がいるのに、(資金的な)助けないというのか」が寅さんの主張だった。それを店のおいちゃんは、「俺にとっては見ず知らずの人だ。この世に沢山困ってる人がいるのは沢山いるのだ。それを、お前はみんな面倒見るというのか?」と反論していた。そう言い合った後に、喧嘩になる。寅さんは、「たった、これっぽっちか」といって放り投げる。

故郷は遠くにいて思うものと言われる。いつ見ても、何度見ても、いろいろなところに人の機微があり、味わい深い映画だ。

二極化しているといわれる現在にあてはめると、寅さんはどちらに入るだろうか。気持ちにも余裕はあるようなので富裕層に相当するのではないかと私は思う。しかし、現実的な問題として、年金は払っていたのだろうか、多分払っていないのではないか。今のような元気で生活できるうちは良いが、病気になったらどうするのだろう。旅先で寝たきり状態になったら、どうするのか、多分柴又の実家で引き取り、サクラが介護するのだろうか。でも、サクラが倒れたらどうなるのだろう。寅さんは、風来坊だが、典型的なコミュニタリアン(共同体主義者)だなと思う。それでも、何とか他の人たちが補い合ってやっていくのだろう。皆が運命共同体のコミュニタリアンのようだから。


このように、現実にあてはめて考えるのは私は好きなのだが、それを嫌う人もいる。それはそれで良い。私はコミュニタリアンとは少し違うから。

 

*** 前花壇のヒューケラ。左後方に白のサンパラソル。

f:id:Miketoy:20120806063324j:plain