あ!この人、怒ってます、怒ってます。
  神様にさんざん愚痴ってます。

どうやら友達か誰かのために

     「祈ってやってる」 みたいね。

それなのに相手は
むしろ自分に反発して
あることないこと悪口を言いふらし
面と向かって悪態を・・・。
く、口惜しい〜〜〜!!

     「祈ってやってやってる」 のにですよ。

頭にくるよね。当然よね。
だからって、

    「どうか、悪者を彼に遣わして
     なじる者が彼の右に立つようにして!!」

    「彼の悪態は水を飲んだり好きなものを口にするように
     体にしみついているんだわ。
     どうか、その悪態が舞い戻って彼に絡みつきますように・・」

神様にこんなことを言い出してしまいました。
こうゆう言葉や思いって、歯止めがきかないもの。

どうやら「・・やってやってる」 て気持ちが良くないかもね。
              やってばかりいたら、なくなっちゃうよ。
              そこはばっちりと、頂かないと。
    「させて頂く」 この気持ちが、ゆとりを生んでくれるみたい。

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これはひよこの例だけど
     否定的な思いや、人への批判中傷、そうした習慣は
     まさに水を飲んだり好きなものを口にするように
     体にしみついていることが多いいみたい。

     だから、なかなか自分では自覚がなくて、     
     そうしてそれらが
     病の元凶とゆうことも無きにしも非ず。

     その悪態が舞い戻って自分に絡みつく・・

     あるような気がする。怖いね。

自分の敵を愛せよ。マタイ5:
迫害する者のために祈れ。マタイ5:
兄弟に恨まれていることを思い出したら・・マタイ5:
私を・・お赦しください。私も・・赦しました。マタイ6:

     地球上のすべての人を愛すると言うは易し、
     されど、隣人を愛すると言うは難し

     そしてもっと難しいのは
    「自分を愛する」ことのような気がする。

主よ、哀れみたまえ!